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マラッカのハーモニーストリートにある一軒のお土産物屋さん。

その店先にかかっていた『プラナカン・タイル』のレプリカ。お店のご主人が手書きされたものなのです。

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もう既に、額に入っているのでこのまま壁に飾れて便利。二つ購入しました。

その時、ご主人がいろいろ見せてくれたプラナカンタイル。絵もかわいいのですが、パステル調の色使いが何とも言えず心惹かれます。

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別のお店で買った私のプラナカンタイルを見て、それは日本製だよって教えてくれたのです。

遠い昔、日本で日本の職人さんの手で焼かれたタイル。はるばる海を越えてこんなところまでやってきてたのですね。

このタイルが使われていたのは、どんなお家だったのでしょう。そして時を経てまた日本に戻ってくる。

そう考えると、そっと抱きしめて頬ずりしたくなりました。

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これが私が買ったのと同じタイプのタイル。厚さが薄いのが日本製の特徴です。

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左下、ピンクのお花のタイルはイギリス製。ぽってり感があります。裏も2段になっています。分厚いのです。

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床用のタイルもいろいろかわいい。

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イギリスで生まれたマジョリカ・タイル

日本に戻ってからちょっと調べてみました。こういうタイルは『和製マジョリカタイル』っていうのですって。

マジョリカ・タイルの歴史

タイルの歴史は古く、エジプトのピラミッドにも使われていたとか。有名なのは、イスラム文化が花開いたアラビア半島。中国の陶芸技法とあいまって数々の美しいタイルがモスクを飾りました。

近代、産業革命を成し遂げたイギリスで、耐久性にすぐれた彩色タイルの大量生産が可能となったのです。

マジョリカ焼きというのはスペインのマジョルカ島経由で輸出された多彩色陶器のこと、後にミントン社がイギリス発のビクトリアスタイル彩色タイルを「マジョリカ・タイル」という商品名で売り出したことで有名になり、一般的な名称となりました。

イギリスで生産されたマジョリカ・タイルは、東インド会社を通じて東南アジアに大量に輸出されました。

和製マジョリカ・タイルの誕生

和製マジョリカ・タイルは、この近代イギリスのビクトリアンタイル『マジョリカ・タイル』を模倣したもので、大正初期から昭和10年代にかけて日本で作られた多彩色レリーフタイルのことを指します。

明治末期、淡路島の淡陶社(現ダントー株式会社)や名古屋の不二見焼は、イギリスのタイル製法を研究して乾式プレス成形法を確立しました。

大正に入ってからは、多治見や名古屋を中心に大量生産されるようになり、中国や東南アジア、インドなどに盛んに輸出されていきました。

現地ではイギリス製より安価だったためかなりの需要で、現在でもマラッカでみられる半分以上は日本製のではないのかしら。

だた日本国内では、タイルの衛生面を重視した白色無地タイルが多く出回るようになり、関東大震災がその需要に拍車をかけ、マジョルカタイルの需要は減少していました。

その後、太平洋戦争がはじまり、贅沢品とレッテルを貼られたマジョリカタイルは姿を消す事になったのだとか。

まとめ

戦後は機能性重視のシンプルなタイルが主要となり、和製マジョリカタイルは日本では製造されなくなったのですが、タイルはセラミックという分野で、排ガス制御や宇宙ロケットの耐熱用に使われるようになりました。

最初はイギリスのコピーで始まった日本のタイル技術も大した進歩を遂げたものですね。

ハーモニーストリートのお土産屋のご主人は、日本に行ったとき、京都の骨董屋でプラナカンタイルがいっぱい売っていたのを見たそうです。

確かに、美しい日本製のプラナカンタイルは、里帰り品として日本の骨董屋さんで売っていました。お値段がマラッカよりかなりお安かったのでびっくりしました。

お店情報

『Temple Street Art & Craft Collection』

住所:13, Jalan Tokong, 75250 Malaka, Malaysia
TEL: 606-283-1815
営業時間:10am-5pm
定休日:水曜日
カード:可

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